コーン・フェリーでは2024年5月28日に「製造業の人的資本経営の“要”、製造現場の従業員エンゲージメントの課題と対策」と題するオンラインセミナーを開催しました。以下はその講演録です。動画は< https://vimeo.com/951005670 >でご覧いただけます。
コーン・フェリー シニア クライアント ディレクター 岡部 雅仁
■製造現場のエンゲージメント向上に取り組む意義
人的資本経営の流れで従業員エンゲージメントへの取り組みが進展している。一方で、製造業のお客様からは製造現場のエンゲージメントに困っているという話をよく聞く。製造現場は人事部からすると物理的、心理的にも距離が遠いということもあり対策が後回しになっており、知見やデータも保有できていないというのが現実だ。
製造現場のエンゲージメントに取り組む意義は大きく二つある。1つ目は、全社の従業員エンゲージメント水準の向上に貢献するということ。現業職社員は社員数の一定割合を占め、場合によっては半分以上という会社もある。その現業職は一般的にはオフィス職よりもエンゲージメント水準が低いため、現業職の水準を上げることは全社のエンゲージメント数値の向上に直結するためだ。
2つ目は、品質、コンプライアンス問題に対する予防効果という側面。昨今の品質偽装やコンプライアンス問題の根底には、特定の悪意を持った従業員による行動というよりも、親会社や本社からのプレッシャーや行き過ぎた業績至上主義、減点主義のようなものによって従業員が萎縮したり、不正を目にしても声を上げられないといったことが実態としてある。
■エンゲージメントの全体動向
コーン・フェリーではグローバル共通で、Engagement(社員エンゲージメント)とEnablement(社員を活かす環境)の2つの指標を調査している。「社員エンゲージメント」が会社に対する帰属意識、コミットメント、自発的努力の高さ、「社員を生かす環境」が適材適所、働きやすい環境を整えているか、を表す。
グラフにある通り、コロナ禍以降、世界、日本ともに水準そのものは上がってきている。しかし、日本の上げ幅がグローバルの上げ幅よりも低いため、その差が開いているというのが現状だ。
■エンゲージメントとコンプライアンスの相関
コーン・フェリーが保有するデータを使ってエンゲージメントとコンプライアンスの関係性を分析してみたところ、相関係数0.727と両者にはかなり高い相関があることが分かる。
細かい設問を見ていくと、「コンプライアンスの規定を知っているか」「コンプライアンスの教育はされているか」といった活動の実施に関する項目はどこもそれなりに高い数値が出ている。ところが、「業績目標のためにコンプライアンスを犠牲にしたことが一度でもありますか?」といった質問になると、数値はばらける。こういった設問で肯定的回答率が五割を切ってくる組織は問題をはらんでいると言える。つまり、そこの社員は業績圧力や過去からの慣習など職場に対して何らかの違和感を覚えながら働いているということ。当然ながら、そのような状況で意欲高く働くことは難しく、声を上げるようなエネルギーも出にくい。
それを人事的な観点、法務的な観点から見つけ、必要であれば介入していくことが必要となってくる。
■製造現場のエンゲージメント
次に製造現場のエンゲージメントを見ていく。8.4万人ほどのデータから製造現場に絞った形でエンゲージメントの課題と対策を分析した。
実はグローバルで見ると全体と現業職ではあまり差がないが、日本になると差が開いており、特に「社員を生かす環境」についてはかなり差が大きい。
高く出ている企業の共通的な要素としてあるのは、原因系指標で言う「戦略・方向性」にあるような会社の見通し、チームの戦略目標、情報開示、個人の尊重、経営陣への信頼、報酬が高く出ていたこと。高水準企業というのは当然ながら会社の戦略・方向性をきちんと現場に伝えている。もし製造部門のコストを下げるみたいな考え方になってしまうと、人に対する投資の全体量や中身が低くなる。今後人口減少が進んでいく中で、人事戦略や人的資本の投資先といったものに強く影響を受ける要素ということになる。
一方で低い企業に共通なのは、昇進・昇格の機会、福利厚生、研修の機会、戦略・目標、研修といった、いわゆる衛生要因に関連するところが目に付いた。
次に個社の中での比較を見ていく。一つの会社の中でも、工場ごとなどで当然ばらつきがある。
数値が上位の工場と下位の工場で差が大きいものは、「職場の設備環境」「リーダーシップ」「企業倫理」「職場の安全性」「要員の確保」など、工場のリソースの充実度のようなもの。パソコン一つでできるオフィス職と違い、物理的な環境から影響を受ける要素が大きいと言える。また、人がきちんと尊重されているか、上司と部下のコミュニケーションの良し悪しなども、一つの工場の中で水準の差を生んでいる。施策を打っていく際にも、こういった点を丁寧に見ていくのは重要なポイントだ。
■製造現場のエンゲージメント向上対策の方向性
ここからはエンゲージメントを向上させるための対策の方向性についてお伝えする。これまで色々なお客様を見てきた中で言えるのは、打ち手の実行力によって大きく差を生むということ。対策が手薄になっていたところに対し、丁寧に活動を展開していくことによってエンゲージメントが向上していったというケースが多い。
打ち手と一言で言っても、実際には全社単位、事業部単位、職場単位、個人単位のものがあり、それぞれ短期と長期のものがある。どこか一つではなく、全ての階層において満遍なく対策を打っていくことが大事なポイント。
全社レベルで言えば、処遇や福利厚生。これは工場単位では対策をすることが難しいが、それが満足度の低い状態になると、他の対策をしたところでエンゲージメントは向上させられない。また、これからの時代を考えるとロボティクスや自動化技術も避けられない。人員不足や高齢化が進んでいく中で、人と機械の業務範囲を見極め、積極的に刷新をしていくこと大事になる。
事業部レベルでは、戦略の単位は事業部レベルであることが多いため、まずはきちんと工場ごとの作業を把握していくこと。そしてリソースが不足する時には事業部横断で何らかの手当てをできないかを見ていく。少し長い目線で見ていくと、安定された雇用ということ以上に、働きがい、働きやすさみたいなものや、相互に期待をする風土を作っていくことが非常に大事なポイントになる。
階層ごとにオーナーシップを持ってどこを高めていくかフォーカスすること。そして実行力を高めることで、より効果のある打ち手になる。
■Q&Aセッション
Q1: 海外の現業職とオフィス職で数値にあまり差がないのはなぜか? 日本企業が参考にできることは?
岡部: それは説明が難しい。仮説だが、日本の数値が海外に比べて低く、現業職はさらに低いという2つの要素を見ていくと、日本独自の雇用制度や職場環境が及ぼす影響は少なからずあるのではないか。
Q2: エンゲージメントが改善した工場の事例があったが、生産性や技術係数など経済的価値は向上したのか?
岡部: 経済的価値との相関というところまでは現時点で分析できていない。ただ、その工場を束ねている人からは、取り組みに対するポジティブな声や以前より帰属意識が高まったという声が大きく増えているということを聞いている。また、経済的価値に反映されるまでにはある程度の時間軸が必要になってくるかと思う。
Q3: 現業社員の成長機会を作るにはかなり大きな人事制度改革が必要で、とても短期では本質的改善は難しいと思う。短期間で向上させた事業所の具体的施策を教えてほしい。
岡部: 疎かになっていた部分に意識を向けさせ、工場の管理職や工場付け人事の方の意識改革を図っていた。具体的には、その工場では技能定義書のようなものが長年アップデートされていなかったのが課題だった。そこで、現場の管理職にその重要性をお伝えすることで改善していった。また、社員に学びの機会を与えることの重要性を改めて意識づけしていった。こういったことでも十分に効果は出てくる。
Q4: 昨年発表されたレポートの「日本」「日本現業職」の数値よりも広がっているようだが、理由は?
岡部: データそのものについて、会社数も対象者数も二倍近くに増えているので、その影響はあるかもしれない。ただ、基本的な構造自体は変わっていないと考える。
Q5: 衛生要因、給与・環境と業績圧力などコンプライアンス問題のどちらがよりエンゲージメントへの影響が大きいのか? どちらを先に解決した方がいい?
岡部: 衛生要因と言われる給与や福利厚生など、最低限の環境の方がエンゲージメントに与える影響度としては大きいので優先順位も高いと考える。それが整備されないとそもそも前向きな意識で就業できなくなってしまうため、それ以外の施策を行っても響かないのではないか。一方で、コンプライアンスのおける業績圧力みたいなものは別枠として考えた方がいい。基準の作り方は様々だが、一定の閾値を下回ったらアラートを鳴らすようなアプローチにするのが今の時代には望ましい。